TACET S992 サンプラー \2,900/税別
最初はヴァイオリンのソロというシンプルな演奏からです。
TACET S10 Bach Partitas
http://www.tacet.de/ware/00100e.htm
1689年製のAntonio StradivariをFlorin Paulという演奏家が演奏するPartita II* BWV 1004 と* Partita III * BWV 1006 がこのサンプラーに収録されています。
皆様もご存知の1720年に作曲されたヴァイオリン組曲ですが、この曲は他の演奏者も多数録音しているので比較のために諏訪内晶子やビクトリア・ムローヴァの同じ曲の演奏も通常のCDですが聴いてみました。どれもヴァイオリンのソロであるということもあってか、深いリヴァーヴをかけて溢れんばかりの余韻感を伴って録音されているものが大半でしたが、このTACETのPartitasにディスクを入れ替えてみて直ちに気が付いたことが二つありました。
比較した二人の女性ヴァイオリニストの録音はいずれもフィリップスのものですが、同じようにTACETのPartitasでもフロントだけの2chで最初はかけてみました。まず、ヴァイオリンの質感についてです。
フィリップスの二枚でも豊かなエコー感によって潤いは十分に保たれている録音だと思っていたのですが、TACETの録音でのヴァイオリンには解像度を維持しながらの柔軟性というか暖かい肌合いが感じられました。
言い換えれば、弓と弦の摩擦感を眼前に見せ付けるのがヴァイオリンの音色を忠実に再現するということではなく、刺激成分を含ませないという演奏者側の感性だと思われるものでした。真空管を多用した録音機材とマイクのチョイスとこだわりがTACETの魅力ということなのでしょうが、この最初の一曲で参りました!!
次に、Partita
IIIのPreludioを中心にして比較してきましたが、前述のフィリップス盤の二枚と比較して、TACETの2chのSACDトラックを聴き始めて感じたもう一つは圧倒的に音場感が広く大きいということでした。演奏している現場から収録した音源をスタジオに持ち帰ってからエコー感を付加するということはクラシック録音の世界でも往々にしてあることですが、その場合にリヴァーヴを深くしていくということと、エコー感が拡散していく空間の大きさも同時に拡大するとは限らないのではないかと推測されるものです。
つまり演奏している空間の音場感をそっくり人工的に後付けすることは大変難しいと思えるのですが、TACETのPartitasでは2chでの比較においても群を抜く空間表現の大きさが感じられました。また、2chでありながらもアンビエンス感が素晴らしく時折後ろからエコーが聴こえているのではないかと思わず振り返ってしまいました。
しかし、喜んでばかりもいられません。こだわりある分析力というか私の目の付け所と厳しさから言えば、TACETのPartita IIIのPreludioの4分の3拍子の演奏で開放弦のアルコで音階が下がったときにヴァイオリンの音像が左側に引きずられると言うか、音像が微妙にふくらむシーンが見受けられるのです。どうやら、このような音像の微妙な変化も音場感のあり方に関係しているのか?と4chに移行する前に私の頭にメモを書き付けておきました。
さあ、いよいよP-01のリモコンで4chに設定しました。以前にも述べたようにセンタースピーカーはもともとが4ch録音の場合には出力が出ないので、ダウンミックスはせずにC SPはlargeと設定します。D-01のボリュームは-6dBで以前のままです。
「おー!! これは気持ちいいー!!」
2chで描かれるエコー感とは比較にならないほどの広大な空間にワープしたようです。今まで目視していた室内の壁がふ〜っと消滅してしまったかのようです!!
むむ、ここでちょっと私のチェックが入りました。リアchが出過ぎ、あるいはフロントchのレベルがちょっと低いようです。先ほどの開放弦の場面と音階の移行に伴って、その瞬間にちょっぴり音像がリアchに流れるようです。これは修正しなくては、ということで。D-01のボリュームを-6dBから半分の-12dBに下げました。
あれ?今度は小さすぎるのか? では-9dBに…、あれ、あまり変化ないか〜? では、と結局は-6dBに戻して、フロントchのChord
CPA 4000Eのボリュームがディスプレー上で38だったのを55まで上げました。うん!! これでよし!! ということで、結果的にはフロントchのボリュームを調整することで違和感がなくなりました。
「あれ、ちょっと待てよ!!」
とここで気がついたのは、Stingでの経験でもそうでしたが、何と何と4chでのヴァイオリンの音像の方が解像度が良く鮮明になっているではありませんか!!
そして、先ほど感じた音像のゆらぎというか膨らみと言うか、開放弦の左方向への流出がなくなっているではありませんか!!
やはり、この場合もそうですよ!! 2chというキャンバスでは納まりきれない情報量を4chで録音・再生を行うことで、フロントchに押し込んだ楽音とその背景描写の中の余韻成分をリアchに振り分けることで主役のヴァイオリンの音色がこんなにも鮮明になったのです!! これはいいです!!
しかし、改めて思いましたが、刺激成分のない録音というものは音量を上げても実に気持ちよく聴けるものですね〜!! これは皆さんにぜひぜひお聴かせしたいです!!
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TACET S17 Das
Mikrofon
http://www.tacet.de/ware/00170e.htm
このタイトルDas
Mikrofonを直訳すると「マイクロホンの仕事」ということになろうか。
NeumannのCMV 3 (1927年) M 49 (1949年) U 47 (1947年) Sennheiserのバウンダリーマイク MKE 212 R、そして Bruel & Kjaer 4003や Schoepsの球面上マイク KFM 6 Uなどのヴィンテージ・マイクを使っての録音という洒落た企画のものです。
サンプラーにはモーツァルトのピアノソナタ・ハ長調KV330と(S17での10Tr)とロッシーニの歌曲(S17での6Tr)が納められています。
これらも最初にSACD
2chを試聴し次に4chへと切り替えての比較を行いました。2chに対して4chになってからの印象ということで述べてみることにします。
最初のヴァイオリンのソロに続き今度はピアノのソロで比較してみると…。
「あら!? ピアノの打音がほぐれている…、と言うか、細かくなっているぞ!!」
そうなのです。今までの2chでは打音ひとつひとつにエコー感が伴っていたように聴こえていたのが、すっきりと打音そのものだけがフロントchに描かれているではないですか!! これは非常に見晴らしの良い演奏になりました。そして、楽音全体を包み込むようにリアchから余韻感が漂ってくるのです。しかし、ここでも思うことは何とTACETの録音は質感がきめ細かくも優しいのでしょうか。こんなピアノは初めてかもしれません。2chでもそれは共通なのでぜひぜひお薦めしたいものです!!
次のロッシーニのメゾソプラノの歌曲ですが、左に歌手がいてセンターにピアノ、そしてその後方にはゆったりと何とオルガンが流れているのです。癒し効果抜群だ。これも2chから4chへと切り替えてみると…。
「お〜、ソプラノがフォルテで声量を上げても聴きやすいぞ。リアchのこんな役割もあったんだな〜」
そうです、ここでは演奏全体の余韻感をリアchに持たせると言うよりは、歌手の声量が高まったときだけリアchからエコー感が返ってきます。ピアノとオルガンにも微弱なエコー感は追加されるものの、実際の演奏では伴奏に徹しているのか音量を控えめに演奏しているのでしょうか? でも、このように演奏家がフォルテを奏でる時にのみリアchでの効果が生かされるというのは良いセンスだと思いましたね〜。
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TACET S36 Famous
violins
http://www.tacet.de/ware/00360e.htm
このタイトルも直訳すると面白い。「パガニーニさん、これはどうですか?」となる。
1995年12月28日に録音されたものだが、Amati、Guadagnini、A. Guarneri、P. Guarneri、Horvath、Stradivari、Vuillaumeらヴァイオリン製作者の中でも巨匠と言われた七人の楽器をSaschko Gawriloffという演奏者が弾き分けた企画もの。
パガニーニやクライスラーというお馴染みの選曲なので楽しめそうだ。これも最初にSACD 2chを試聴してから4chになってからの印象ということで述べてみます。
このサンプラーにはこのディスクからパガニーニ、ドヴォルザーク、クライスラーらの三曲が収録されていて、いずれもピアノが伴奏についたデュオの演奏です。
しかし、2chでも思われたのがTACETの録音になるヴァイオリンがなんでこうも優しく美しいのか、ということでした。この質感は弦楽器のファンであればきっとお解かり頂けると思います。ぜひお試し下さい。さあ、切り替えてみましょう!!
「ありゃ〜、これはもしかしたら!! 今までの2chは仮の姿か〜」
これは4chを聴いて初めてわかったことなのですが、2chでのヴァイオリン奏者の後ろには反射板があったのか? はたまた壁際で演奏していたのか? これが対比しての私の感じたところです。つまり、2chではヴァイオリンの楽音が発生すると直ちに後方からの一次反射音のように折り返しのエコー感が聞こえてくるのです。これが演奏者のいる空間を狭く感じさせ、また背後に反射板を置いたのではという私の例えになったものです。でも、本当にこれだけ聴いている分には違和感は何もないのですが…。
ところが4chに切り替えた瞬間からヴァイオリン奏者は壁際からステージの袖に移動したかのように、そして一次反射が起こりそうな反射板など見苦しいと取り去ってしまったかのように、演奏者の背景にさーっと視界が広がっていたのです。いや〜この時の気持ちよさと言ったら、何と表現したものか!!
そうだ、2chではフレスコ画のように眼前に大きく描かれた演奏者の肖像があったとしたら、4chでは演奏者は彫刻の立像となってステージに影を落とすような立体感が生まれたということでしょうか。シンプルな演奏なのに、どうしてこんなに美しくなってしまうのか!! ここでも思いましたが、センタースピーカーがあったら、こうはならないでしょうね〜。
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TACET S49 Das Mikrofon Vol. 2
http://www.tacet.de/ware/00490e.htm
これは「マイクロホンの仕事」の続編ですね。しかし、今回はがらっと変わってジャズです。少々クラシック漬けになっていましたから、いい気分転換です。
1930年代から使用されているリボンマイクや、最も古い1927年製のコンデンサーマイクを織り交ぜて近代的なマイクも使用してGeorg Rox Quartetのジャズを録音したものです。さあ、これでは面白い発見がありましたよ〜。
サンプラーでは「St.Martin」と「Someday
My Prince Will Come」の二曲が収録されています。まず2chでの「St.Martin」からです。
これは面白い音像が見えてきました。ピアノは左半分という面積を使って定位していますがメロディーラインを叩くと左スピーカー上での定位となり、その少し内側にはアルトサックスがいます。そして、ドラムは右半分に展開しシンバル、スネア、タムなどは右スピーカー上に定位します。しかし、キックドラムだけはセンターという形式なのです。その右側の少し内側にウッドベースが定位しています。
色々なジャズの録音を私も聴いてきましたが、TACETのジャズはいっぺんで大好きになりました。ステージの奥の方から叩かれたキックドラムの音が床を這って来るように響き距離感を出しています。ピアノの音はアタックでも決してとがらずに聴きやすく、しかし余韻感を正確に残します。サックスのリードはヒステリックにならずに心地良く、PAやSRという拡声装置を使わないアンプラグドの録音という雰囲気にとても好感が持てます。これはいいです!! あ〜、このディスクの他の曲も聴きたいですね〜。 さあ、4chにしました!! どうなることやら…。
「ふむふむ、フロントchの定位は変わらないね。しかし、何でこんなにピアノやシンバルの音が鮮明になってしまうの!? リアchはどうかな〜」
そうです。Real
Surround Soundと称していますが、リアchの振る舞いが今までとちょっと違うぞ〜。
エコー感は確かに豊かになっていますが、なんとしたことでしょう!!
異変に気が付いた私はフロントchを絞り込んで無音にしてリアchだけを聴いてみました。するとフロントのLchから聴こえていたピアノのエコー感がRchのリアから、そして、フロントRchに定位していたドラムのエコーはリアLchから聴こえるではありませんか!! 今まではどちらかと言うと右側のエコー感は同じ右のリアchがエコー感を引き継ぎ、同様に左側のエコー感はリアの左側にという図式が当たり前と思っていたのですが、それが逆転しクロスしていたのです。
「やはりさっきの観察は当たっていたのか?」
それはS17
Das Mikrofonにおいてのメゾソプラノの声のエコー感もフロント左側の定位に対して、リアでは右方向から聞こえていたな〜、という疑念があったのですが、今ここでも同様な技法をTACETの録音に確認したものでした。彼らの言うReal Surround Soundと称する4ch録音には、このようなテクニックによる立体感があったということで新たな発見が出来ました。
しかし、最後に追記しておきたいのはリアchのレベルが曲によって大きく違っているということです。リアchだけを簡単に聞き分けしてチェックしたいものです。それで録音側のセンスとして、そのようにしているということであれば良いのですが、これは問い合わせてみる必要がありそうです。
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TACET S52
Hommage a Kreisler
http://www.tacet.de/ware/00520e.htm
冒頭のレーベル紹介でも述べているヴァイオリストDaniel Gaedeの小品集です。
このサンプラーにはS52での2. Aucassin &
Nicolette と3.
Danse Espagnol、そして 13.
Humoreske が収録されています。弦楽器のファンにはお馴染みの選曲ではないでしょうか? これも2chから4chへの切り替えで試聴してみました。
Aucassin &
Nicoletteを2chの段階で聴き、まず驚いたこと!! それはヴァイオリンの質感、音色そのものでした。大変鮮明でありながら、緩やかであり甘美な音色は今までに体験したことがないものです。Humoreskeでもアルコのタッチが絶妙の質感で表現され、弓と弦の摩擦感は克明にわかるのにソフトで優しい音色なのです。
これまでに皆様が再生装置で聴いていたヴァイオリンと比較して欲しいものであり、演奏者が聴かせたいと思う音楽というTACETの創立者の思想が色濃く現れています。
Danse Espagnoではピッチカートを織り交ぜた演奏が気持ちを掻き立てるようです。しかし、ここでもTACETの録音センスが生かされていて、ピッチカートもはじけ飛ぶだけの勢いだけではなく、その細やかな余韻にふくよかな潤いが感じられます。
さあ、これを4chにしたらどうなることでしょう!?まずはAucassin & Nicoletteから。
「あれあれ、2chの時よりもフロントchが広がっているぞ!! そして…」
先ほどまでのフロントスピーカー二台での音場感に比較してフロントchだけを見ても空間表現がすっきりして拡大しているのです。それはなぜか…、わかりました!!
これまでに感じ取ったことと同じく、センターに定位するヴァイオリンの音像が2chに比較しても輪郭が鮮明になり、フォーカスもきっちりと合い、更に音像の大きさを引き絞って縮小させているのです。
従って、楽音の像が小ぶりに変化した分、その周辺の空間が広くなったように感じられるものです。そして、その空いた空間にエコー感が拡散していくのが大変魅力的に演奏を美化しているようです。ここでも2chという音源に多くの情報をぎゅう詰めにしていたのでは、という逆説的な分析が出来ました。
Humoreskeのゆったりしたメロディーは音像をふっくらとした方が情緒的なのではと2chを聴いて感じていたのですが、大きな誤解でした。4chで表れたDaniel Gaedeのヴァイオリンは2chよりも遠近感を感じる事になりました。そうです、2chよりも離れたところで演奏しているように距離感が感じられました。それも音像をシェープした副産物でしょう。そして、漂う余韻はリアchからもふーっと感じられるので、演奏者が自分と同じ室内・空間にいるのではという気配が感じられるようになりました。やはりフロントchだけで表現していたエコー感には無理があったのでしょう。
Real Surround
Soundというのは音楽に包まれるという表現がぴったりのようです。
Danse Espagnoでのピッチカートには私も驚きました。2chの時には弦を引っかくテンションを強烈に意識し感じたものですが、4chでは流れるようなアルコの演奏と同じエネルギーを維持し、引き付けて放つというピッチカート奏法を録音した場合の強調感はまったくなくなっていました。そして、Daniel Gaedeのステージでの立ち位置の周辺に大きな空間が出来たように、彼のシルエットが鮮明に浮かび上がり、彼の背後を遠くまで見晴らせるように視野が広がります。マルチチャンネル再生は単純にエコー感を付け足すだけではありません。フロントch方向にも音場感を拡大していると言うことが大変素晴らしいのです!!
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TACET S70 Bach
Goldberg
http://www.tacet.de/ware/00700e.htm
これはジャケット写真を見てお解かりのようにDaniel Gaedeをリーダーとしてビオラとチェロで構成されるトリオでGoldbergを演奏したものです。このサンプラーにはVariationen 3とAriaとして2曲が収録されています。今から楽しみでなりません!
左にヴァイオリン、センターにビオラ、右にチェロという定位で演奏が始まりました。上記のDaniel Gaedeと同じようにまず弦楽器の質感としては極めつけのものだと直ちにわかります。NEOは本当にこの質感を上手く捉えて鳴らしてくれます。
さあ、4chに切り替えてみましょう。「お〜、なるほどー!!」
各弦楽器の背景に空間が見えてくる変化、音像が引き締まる変化は同じなのですが、ここではチェロの変化に大変興味をひかれました。2chでは右側から左方向に大き目の余韻をチェロの残響が広がる範囲として提示していたものです。それがトリオの演奏全体を包み込むようで、それなりに気持ちよく聴いていました。
しかし、どうでしょう!! 4chにするとチェロのフォーカスはきちっと結ばれ音像も同様に引き締まる中で、楽音の核・芯という中心部分が鮮明になり、それ自身が発するエコー感と大変明確に分離してくるのです。そして、分離したエコー感がリアから他の演奏者を抱擁するように包み込んでくれるという気持ちよさがあります。
ここでも試しにフロントchをゼロとしてリアchだけを聴いてみましたが、各楽器の位置関係はフロントと同じでした。そして、リアの音量はフロントに比較して大変微量なものなのですが、それがあるとないとでは臨場感に雲泥の差があります。
今までピアノで聴くことが多かったGoldbergですが、皆様にもぜひお聞かせしたいディスクがまた増えたようです。心安らかに楽しめるのは4chの魅力でしょうか?
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TACET S101 Bach Brandenburg (TACET Real Surround Sound)
http://www.tacet.de/ware/01013e.htm
続いてもバッハですが、正直に言ってこのBrandenburg Concertosが今回のサンプラーの中で最も刺激的であり、私の既成概念を打ち破るほどのインパクトを感じたものだったのです。このサンプラーの5.TrにはBrandenburg Concertos 1番ヘ長調の3.Allegroが、同じく15.Trには第4番ト長調
1.Allegroが収録されている。両方ともいわゆるバロックオーケストラであり、木管楽器、弦楽器とチェンバロという編成によるものです。
1番ヘ長調ではオーボエとホルンが弦楽器と同等の扱いで主役を演じるもので、特にホルンの演奏が際立っており余韻感も十分に拡散され気持ちいい。これは2chです。同じように15.Trの第4番ト長調ではフルートがヴァイオリンを取り囲むようにして演奏され、チェンバロともども弦楽器群との三者均等の出番があります。全体的にその三者に均一なエコー感が感じられ、聴き馴染んだ曲にTACETの感性が新たな記憶として絶妙な質感のBrandenburgを加えることが出来ました。これも2chです。
さあ、いよいよ4chへと切り替えました!!
5.Trの1番ヘ長調では予想した通りに、リアchではフロントの演奏に宮廷音楽の演奏にふさわしい豊かな響きを付加するという展開で、これまでの解説で述べてきたように何の違和感もなく美味なバロック音楽を聴かせてくれました。気分爽快です!!
さて、私がこれまでにも多数のバロック音楽を聴いてきましたが、15.Trの第4番ト長調へとリモコンでスキップした瞬間に一大事が発生しました!! 2chではバロックオーケストラ全体に心地良いエコー感が均一にかけられていましたが、5.Trとは比較にならないほどの大胆な録音がなされていたのです。
フロントchの左右にフルート奏者が二人両翼に広がって展開し、そのセンターにヴァイオリンが定位しました。この三者には先ほどの2chではありえなかったことなのですが、エコーがほとんどかけられていないのです!! そして、ヴァイオリンのアンサンブルとして主題のサポートをする集団が何とリアchに移動し大変豊かな響きのエコー感が追加されています。そして、左半分のリアchにはなんとチェンバロがいて、これも面として響くようなたっぷりとしたエコー感に包まれているのです。
近代のオーケストラを前方のステージに展開させて聴くという再生時のパターンはオーケストラの中心にリスナーが位置するのは不自然という当然の発想からそのようになるのでしょう。しかし、300年以上前のヨーロッパの宮廷音楽を演奏する楽団の規模と編成、そして演奏される場所もホールというよりは王侯貴族の宮廷の広間ということを思い浮かべると、まさにこの15.Trではバロックオーケストラの中心に自分がいるという位置関係なのです。
フロントchに位置する三者のエコー感を断ち切ることで演奏者たちに接近した印象を与え、自分の背後に距離をとって他のヴァイオリンとチェンバロの奏者が背後の石壁に豊かな反射音を響かせてきます。TACETのサイトを見ると、このディスクのタイトル横に(TACET Real Surround Sound)と敢えて追記してあることに気が付くが、何とも積極的な4chの活用法であり、私が今までに体験したことのないバロック音楽の再生方法であったことか!!
TACETのwebにシンボルとして耳を囲むReal Surround Soundのイラストがありますが、まさに私は演奏者に囲まれてBrandenburgを聴くという予想もしなかった感動をすることができました。しかも、楽音の質感については今まで述べてきたように解像度をきちんと維持しながらの柔軟性ある感触と肌触りのものであり、録音の基礎としては文句のつけようがないものです。それらの楽音に三次元的に包み込まれた時の私の驚きは皆様に事実をお知らせしたいという努力として文章量の大きさとして今回のレポートとなっています。
実に、実に素晴らしい!!
この演奏をリファレンスシステムのコンポーネントを設計し開発した国内外のメーカーの皆さんと、逆に録音をしていてもこれほどのコンポーネントで再生したことはないはずのTACETの皆さんに聴いて頂きたいものです。
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TACET S117 The Tube Only Violin
http://www.tacet.de/ware/01170e.htm
これは文字通りタイトル通り、ヴァイオリンという楽器を真空管を使用した機材で録音したというものです。演奏者は前出のDaniel Gaedeほか、Wojciech Rajskiが指揮するポーランドのChamber Orchestraなどの演奏で魅惑的なヴァイオリンのための曲を収録したものです。このサンプラーにJ.Massenet:Meditation from Thaisご存知の方も多いと思いますが、マスネーの瞑想曲とF.Schubert:Ave Maria op.52 no.6が収録されています。
まずは2chから聴きまじめました。ゆったりとしたピアノの伴奏が左半分を占める音像で漂い、センターにはDaniel Gaedeのヴァイオリンが浮かびます。しかし、これまでにも同じ奏者のヴァイオリンは何回も登場していますが、このディスクでの音色をどう表現して良いのか困ってしまいました。真空管を使用しての録音ですが、このハードウェアの選択がことの他ヴァイオリンの質感に影響を与えているのでしょう。ただただ…、ゆったりとした時間の流れを感じながら聴きいってしまいました。もう、小うるさいことは言わずに音楽に浸っていたいという心境でしょうか? でも、職業的に私にはそれが一番難しいのですが
さて、4chにしました。すると…!?
「おー!! ピアノが〜!?」
そうなんです、2chでもゆったりしていたピアノは真空管のせいか、などと思っていたらとんでもない。豊かな残響をフロントスピーカー二台という器で再生したからそのようになっていたようです。4chではピアノの伴奏は周囲すべてからゆったりと湧き上がってくるように空気にわずかな色をつけ、白い霧のように私を包み込むではありませんか!!
このピアノは白く濁る温泉のように、ひたひたと耳に優しく響き、そしてこれまでに観察したのと同じようにヴァイオリンの音像は引き締まって展開するのでした。伴奏のピアノは何の抵抗もなく空気に浸透するように拡散していき、それを舞台装飾の一部とするかのように逆にヴァイオリンにスポットが当たり鮮明な音像が見えるようになってくるのです。伴奏の楽器が持つ音場感と主役の楽器のフォーカスを同時に演出するというのは2chでは無理でしょう。ここにも新しい4ch再生のあり方を発見することが出来ました。しかし素晴らしい!! このままで時間を忘れてしまいたいという誘惑にかられるサンプラーでした。さあ、これからはどうしようか〜!?
「本試聴評はダイナミックオーディオ5555・7F川又店長様のご好意により掲載しております」